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埼玉「地域で共に」運動関連 文献リスト

※著者・団体は順不同
※表記方法は、社会学評論スタイルガイドに準拠
(ただし、管理の都合上、同一著者の―――――[4倍ダッシュ]は使わない)
※まだまだ網羅できていないので、随時追加中

◆埼玉社会福祉研究会埼玉障害者市民ネットワークFBページ)・埼玉障害者自立生活協会Webサイト
埼玉社会福祉研究会,1981,『ハンディキャップ・レポート――親と子のスウェーデン福祉体験記』現代書館
埼玉社会福祉研究会,1984,『ユニーク自立埼玉――スウェーデンRBUの障害者たちが見た日本』現代書館
「あたりまえに生きることの楽しさ厳しさ語り合おう!――国際障害者年・サイタマ五年目のつどい報告」, 1986, 『季刊福祉労働』33: 91.
山下浩志・今井和美,1997,「バラバラの世界をつなげてゆく試み――障害者プランと私たちの市町村巡礼」『季刊福祉労働』77: 43-54.
山下浩志・吉田昌弘・傳田ひろみ,2002,「分け隔てない地域めざす新障害者プランを」『季刊福祉労働』96: 28-35.
埼玉障害者自立生活協会,2006,『子どもたちは,いま――ノーマライゼーションセミナー・ブックレット 01』.

※言及あり
渡辺牧,1996,「共生社会と『草の根からの組織形成』」『共栄学園短期大学研究紀要』12: 19-29.
杉本章,2008,「生きる場・作業所と自立生活運動の展開(1980年代②)」『障害者はどう生きてきたか[増補改訂版]』現代書館,132-158.

※参考→ 社団及びネットワーク等と前史の年表写真で見る―共に学び・働き・暮らしあう埼玉年表1978~2009 参考にして!

◆どの子も地域の公立高校へ埼玉連絡会
武内ふみよ, 1983, 「地域の中で生きる」『季刊福祉労働』 19: 63-67.
どの子も地域の公立高校へ埼玉連絡会・普通学級就学を実現する埼玉連絡会・埼玉障害者市民ネットワーク,1992,『買おうじゃん,このケンカ――増田純一君・裁判資料集』.
どの子も地域の公立高校へ埼玉連絡会,1993,「どの子も地域の公立高校へ・6年目の埼玉」北村小夜編『障害児の高校進学・ガイド――「うちらも行くんよ!」14都道府県の取り組み』現代書館,130-157.
どの子も地域の公立高校へ埼玉連絡会,1998,「どの子も地域の公立高校へ・十年目を迎えて」『季刊福祉労働』79: 146-152.

◆川口に「障害者」の生きる場をつくる会
「障害者」の生きる場をつくる会,n.d.,『川口市に生きる場をつくる運動――「障害者」が自ら創り,自ら運営する!』.
川口に「障害者」の生きる場をつくる会,1977,「障害者の生きる場をつくるために 第1回」『月刊自治研』19(8): 28-34.
川口に「障害者」の生きる場をつくる会,1977,「障害者の生きる場をつくるために 第2回」『月刊自治研』19(9): 146-153.
渡辺鋭気,1977,「『生きる場』運動の変革性」『依存からの脱出――「障害者」自立と福祉労働運動』現代書館,80-94.
本間康二,1978,「障害者の自立を踏みにじるな――行政の画策と法人の介入を斬る」『月刊障害者問題』24,(http://www4.famille.ne.jp/~aikoh/000honma-jidai-shyo_099.html).

◆わらじの会WebサイトFBページ)(cf. くらしセンターべしみ
わらじの会, 1983,「地域の芽 わらじの会」『季刊福祉労働』19: 128.
矢野陽子,1991,『まいにち生活です――街で生きる障害者と共に』はる書房.
生活ホームオエヴィス・わらじの会,1996,『おらっちの生活は自立っつうのになってっかい――生活ホーム・オエヴィス報告集 PARTⅡ』千書房.
わらじの会・くらしセンターべしみ,2003,「共にそだち,くらし,はたらくことをめざして――埼玉の取り組みと課題」『季刊福祉労働』99: 63-70.
わらじの会,2010,『地域と障害――しがらみを編みなおす』現代書館
わらじの会,2012,『地域とからだ――まなざしを問う わらじの会「共に生きるための市民福祉講座」記録集』.

※言及あり
堀正嗣,1994,「人間にとっての自立と依存」『ノーマライゼーション研究1994年年報』102-110.
立岩真也,2012,「多様で複雑でもあるが基本は単純であること」安積純子・岡原正幸・尾中文哉・立岩真也『生の技法――家と施設を出て暮らす障害者の社会学[第3版]』生活書院,499-548.

※参考 → わらじの会略年表―しがらみはいかに編みなおされてきたのか

◆八木下浩一(cf. arsvi.com
八木下浩一,1972,「なぜ30歳で小学校に行くのか」『理想』467: 46-61.
八木下浩一・吉野敬子,1979,「『障害者』にとって地域に生きるとは」『季刊福祉労働』2: 37-46.
竹沢和恵・八木下浩一・平野栄子, 1979, 「普通学級五年生になった和恵ちゃん」『季刊福祉労働』4: 51-62.
八木下浩一,1980,『街に生きる――ある脳性マヒ者の半生』現代書館
八木下浩一,1981,『障害者殺しの現在』JCA出版.
八木下浩一,1980,「障害児の成長は地域の子どもと――普通児のためにも一緒に学ぶのが本当」『月刊教育の森』5(6): 101-107.
八木下浩一,1980,「スウェーデンの障害児教育」『季刊福祉労働』9: 62-68.
八木下浩一,1981,「本当の完全参加と平等とは(時代の眼・少数異見)」『季刊福祉労働』11: 93-94.
山中多美男・八木下浩一・近藤良一,1981,「『生きる』ことの創造へ――『国際障害者年』をめぐって」『部落解放』168: 14-36.
八木下浩一,1981,「障害者を取り巻く親の最近の意識(時代の眼・少数異見)」『季刊福祉労働』12: 81-82.
八木下浩一,1981,「親は厚生省の回し者か(時代の眼・少数異見)」『季刊福祉労働』13: 70-71.
八木下浩一,1982,「スウェーデンRBU埼玉をゆく」『季刊福祉労働』14: 44-54.
八木下浩一,1982,「今こそ真の障害者運動を(時代の眼・少数異見)」『季刊福祉労働』14: 109-110.
八木下浩一,1982,「障害者にとっての街づくり(時代の眼・少数異見)」『季刊福祉労働』15: 152-153.
八木下浩一,1982,「便利さの落とし穴(時代の眼・少数異見)」『季刊福祉労働』16: 142-143.
八木下浩一,1982,「堂々と性を語ろう(時代の眼・少数異見)」『季刊福祉労働』17: 163-164.
八木下浩一,1983,「優生保護法をめぐって(時代の眼・少数異見)」『季刊福祉労働』18: 157-158.
八木下浩一,1983,「あれだけ騒いだ普通学校に障害児が入った(時代の眼・少数異見)」『季刊福祉労働』19: 159-160.
八木下浩一,1983,「戸塚ヨットスクールの問題点はどこにあるのか(時代の眼・少数異見)」『季刊福祉労働』20: 123-124.
八木下浩一,1983,「精神衛生実態調査の実態(時代の眼・少数異見)」『季刊福祉労働』21: 159-160.
八木下浩一,1984,「『よい血』とはなにか?(時代の眼・少数異見)」『季刊福祉労働』22: 125-126.
八木下浩一,1984,「『不二愛育園』事件について(時代の眼・少数異見)」『季刊福祉労働』23: 141-142.
八木下浩一,1984,「第九回全障連大会にあたって(時代の眼・少数異見)」『季刊福祉労働』24: 126-127.
八木下浩一,1985,「全障連十年目をむかえて(時代の眼・少数異見)」『季刊福祉労働』26: 156-157.
八木下浩一,1985,「かかえこみでない運動を!(時代の眼・少数異見)」『季刊福祉労働』27: 113-114.
八木下浩一,1985,「あくまで実力闘争で(時代の眼・少数異見)」『季刊福祉労働』28: 89-90.
八木下浩一,1985,「第二回DPIバハマ会議に参加して(時代の眼・少数異見)」『季刊福祉労働』29: 106-107.
八木下浩一,1986,「最高裁の障害者差別は許せない(時代の眼・少数異見)」『季刊福祉労働』30: 145-146.
八木下浩一,1986,「障害者から見た学校とは」岡村達雄・古川清治編『養護学校義務化以後――共生からの問い』柘植書房,185-203.
片桐健司・北村小夜・古川清治・山口正和・山田真・八木下浩一・岡村達雄,1986,「座談会 いま,地域の学校は」岡村達雄・古川清治編『養護学校義務化以後――共生からの問い』柘植書房,205-246.
八木下浩一,1986,「選抜制度からはみ出した障害児(時代の眼・少数異見)」『季刊福祉労働』31: 102-103.
八木下浩一,1986,「普通学級でいじめられる障害児(時代の眼・少数異見)」『季刊福祉労働』32: 86-87.
八木下浩一,1986,「おかしな世の中,障害者も生きていく(時代の眼・少数異見)」『季刊福祉労働』33: 84-85.
八木下浩一,2010,「かっこいい横塚さんとカッコ悪い私――『母よ!殺すな』復刊によせて」『月刊情況第三期』10: 160-175.

※言及あり
北村小夜,1987,「共に生きる教育をめざす年表」『一緒がいいならなぜ分けた――特殊学級の中から』現代書館,207-221.
河野秀忠,2007,『障害者市民ものがたり――もうひとつの現代史』NHK出版.
杉本章,2008,「立ち上がる障害当事者(1970年代②)」『障害者はどう生きてきたか[増補改訂版]』現代書館,97-112.
定藤邦子,2011,「関西における障害当事者運動――1970年代の青い芝の会の運動の台頭を中心に」『関西障害者運動の現代史――大阪青い芝の会を中心に』生活書院,77-113.

◆糸賀美賀子
糸賀美賀子,1987,『坂田くんにナイスピッチ』あかね書房
糸賀美賀子・二宮博之・堀利和・八柳卓史・石毛えい子,1990,「ADA――かいま見たアメリカ社会,そして日本は」『季刊福祉労働』49: 48-69.
糸賀美賀子,1991,「この十年,あなたも変わった,私も変わった.変わっていないのは何だろう?」『季刊福祉労働』53: 14-16.
糸賀美賀子,1994,「覚えておこう七つの心得」『われら人間』68: 12-14.
糸賀美賀子,1997,「埼玉の『生活支援モデル事業』」『ジョイフル・ビギン』7: 20-22.
糸賀美賀子,1998,「『介助者』という仕事と,介助される側と――地域に根ざした日本流『自立生活』」『季刊福祉労働』79: 38-45.

◆木村俊彦Webサイト
木村俊彦,1995,「雇用支援センターへの展望」『障害者問題研究』23(1): 70-71.
木村俊彦,1998,「共育・共生の流れを確かなものに」『季刊福祉労働』78: 29-39.
木村俊彦,1998,「学校卒業後の進路を地域の職場へ」『季刊福祉労働』81: 41-48.
木村俊彦,2002,「特殊教育の現状とノーマライゼーション」『季刊福祉労働』94: 59-66.
木村俊彦,2003,「障害者地域活動センター『ふらっと』の試み」『季刊福祉労働』101: 70-76.
木村俊彦,2004,「教育の欠格条項と障害者基本法」『季刊福祉労働』103: 131-133.
野口俊彦・酒井弘道・木村俊彦,2004,「座談会 介助の社会化を考える」『季刊福祉労働』104: 12-33.
木村俊彦,2005,「分け隔てられることのない教育を原則に――文部科学省交渉報告」『季刊福祉労働』106: 148-153.
木村俊彦,2006,「障害により分け隔てられることのない教育を原則に」『季刊福祉労働』110: 58-65.
木村俊彦,2006,「地域生活支援事業の展望――地域活動支援センターを地域の相談支援拠点に」『季刊福祉労働』113: 65-72.
木村俊彦,2009,「地域で共に暮らすために――支え合いを支えるシステムが必要」『季刊福祉労働』124: 89-97.
木村俊彦,2010,「学びと実践のダイナミズムが住民主体を育む――新座市北第二地区地域福祉推進協議会の実践から」『日本福祉教育・ボランティア学習学会研究紀要』16: 71-81.
木村俊彦,2012,「虐待を生みやすい特殊な環境――私が体験した養護学校での生活」『季刊福祉労働』136: 70-77.
木村俊彦,2015,「支え合いの地域福祉は共育・共生から」『季刊福祉労働』145: 89-100.

◆橋本克己
橋本克己・月刊「わらじ」編集部,1995,『克己絵日記』千書房.
平賀紀美江・橋本克己,1998,「無名の有名人“克己”が行く――『克己絵日記』著者・橋本克己さん」『ノーマライゼーション』18(10): 1-4.
橋本克己・月刊「わらじ」編集部,2002,『克己絵日記2』千書房.

◆飯田力(cf. 自立生活センター遊TOピア
飯田力,1981,「自立と住居」『リハビリテーション』231: 24-27.
飯田力,1991,「障害者にも健常者にも住みよいまちに――JR熊谷駅昇降機設置運動の歩み」『季刊福祉労働』53: 81-85.

◆坂本さとし(※忄に奈)(cf. コーヒータイム
坂本さとし,1995,「実効力ある雇用支援センターを!」『ジョイフル・ビギン』3: 57-60.
坂本さとし,1997,「『第14回共同連全国大会inさいたま』を終わって――『シャバ』で生きる」『季刊福祉労働』77: 118-120.
坂本さとし,1998,「埼玉県『地域障害者雇用推進総合モデル事業』に係る『協議会』に参加して思うこと」『季刊福祉労働』79: 98-103.

◆傳田ひろみWebサイト)(cf. OMIYAばりあフリー研究会
傳田ひろみ,2004,「50歳からの自立 車椅子市議がいく」『人権と教育』41: 67-72.
傳田ひろみ,2012,「『さいたま市誰もが共に暮らすための障害者の権利の擁護等に関する条例』の制定まで」『季刊福祉労働』133: 85-92.

◆竹迫和子
竹迫和子,2001,「『障害児』の高校進学を実現する全国交流集会・『高校へ行こう』千葉集会に参加して」『季刊福祉労働』90: 131-134.
竹迫和子,2013,「障害児の高校進学を実現する全国交流集会 in SAITAMA 報告」『季刊福祉労働』138: 125-128.
竹迫和子,2013,「障害児・者の高校進学 2013年,春」『季刊福祉労働』139: 132-137.
竹迫和子,2014,「障害児・者の高校進学 2014年,春」『季刊福祉労働』143: 129-134.
竹迫和子,2015,「障害児・者の高校進学 2015年,春」『季刊福祉労働』147: 146-151.

◆猪瀬良一
猪瀬良一,2004,「環境福祉の時代――見沼田んぼ福祉農園の取り組み」『月刊社会教育』590: 14-20.
猪瀬良一,2006,「子供に導かれ,福祉農園という出会いと学びの場ができた」『農業経営者』14(6): 8-13.
猪瀬良一,2013,「障害のある人とない人が共に学び,共に生きる場はどのように作られてきたのか――見沼田んぼ福祉農園の成り立ちと今」『日本ボランティア学会2012年度学会誌』37-48.

見沼田んぼ福祉農園
いとうまりこ,2005,「風おこしの達人たち⑥ ヒトビトを『農』の風でつなぐ」『食農食育』39: 126-129.
住民と自治編集部,2007,「ルポ 自治の息吹を感じて 共に生き、共に学ぶ農業をめざして--見沼田んぼ福祉農園」『住民と自治』527: 6-9.
MOKU編集部,2007,「『見沼田んぼ福祉農園という接点――地の力、人の力』『MOKU』15(7): 50-61.
ほんとうの時代編集部,2008,「無農薬・有機野菜作りに汗する仲間たち――人の輪が広がる『見沼田んぼ福祉農園』」『PHPほんとうの時代』211: 110-113.

山下浩ブログ)(cf. 黄色い部屋障害者の職場参加をすすめる会
山下浩志,2006,「共に学び,共に働くための支援が問われている」『季刊福祉労働』113: 54-64.
山下浩志,2009,「『働く』を取り巻く閉塞状況の下でいま『共に働く』を考える――『共に働く福祉の街づくり あ・ら・かると』」『季刊福祉労働』122: 121-123.
山下浩志,2011,「『共に学ぶ』に巻き込まれ続けた30年」『季刊福祉労働』130: 52-62.
山下浩志,2011,「しがらみを編みなおす――大袋小学校とわらじの会」『日本ボランティア学会2010年度学会誌』15-26.

◆猪瀬浩平研究者情報(J-GROBAL)
猪瀬浩平,2005,「空白を埋める――普通学級就学運動における『障害』をめぐる生き方の生成」『文化人類学』70(3): 309-326.
猪瀬浩平,2007,「障害者であっても,地域であたりまえに生きる――共育共生運動から,福祉農園開園までの人々の物語」横須賀俊司・松岡克尚編『支援の障害学に向けて』現代書館,151-173.
猪瀬浩平,2008,「“偶発”的解体,“偶発”的連帯(上)――1988『埼玉県庁知事室占拠事件』における非-同一性」『社会臨床雑誌』15(3): 51-57.
猪瀬浩平,2008,「他者と出会う場所――障害者の地域生活運動の正統的周辺参加論による検討」『明治学院大学教養教育センター紀要 カルチュール』2(1): 95-108.
猪瀬浩平,2008,「“偶発”的連帯,“偶発”的解体(中)――1988 埼玉県庁知事室占拠 マツリのようなたたかい」『社会臨床雑誌』16(1): 50-57.
猪瀬浩平,2009,「“偶発”的解体,“偶発”的連帯(下)――1988 埼玉県庁知事室占拠 共に生きるという怨念,共に生きるというマツリゴト」『社会臨床雑誌』16(2): 152-160.
猪瀬浩平,2009,「マツリのようなたたかい――1988年埼玉県庁知事室占拠事件における『存在の現れ』の政治」『日本ボランティア学会2008年度学会誌』80-92.
猪瀬浩平,2013,「東京の果て,東北の始まりを生きる――日本ボランティア学会2012年度北浦和大会をめぐって」『日本ボランティア学会2012年度学会誌』24-36.
猪瀬浩平,2013,「オルタナティヴな働き方/暮らし方――いたたまれなさに,居座り続ける」『現代思想』41(17): 210-217.
猪瀬浩平,2015,「見沼田んぼのほとりから――〈東京の果て〉を生きる」『現代思想』43(4): 228-237.
猪瀬浩平,2015,「直線,切断,接合,螺旋――ある知的障害をもつ人の旅をめぐる考察を通じた,世界の<変革>にむけた試論」『PRIME』38: 17-23.

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