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ビジュアルノベル「かたわ少女」をプレイしてみた

かたわ少女sample

かたわ少女は、現代の日本のどこかにある架空の障害児学校「山久高校」を舞台にした美少女スタイルのビジュアルノベルです。平凡な人生を送っていた普通の青年、中井久夫の暮らしは、先天性の心臓疾患によって大きな変化を強いられます。長期間の病院生活のあと、彼はこの新しい学校へと転校します。

…というビジュアルノベル「かたわ少女」をプレイしてみました。日本を舞台にしていますが、開発者はオーストラリアやドイツ、フランスなどの人たちで、日本人はいないそうです。
もともと英語で開発されたものを日本語に翻訳しているせいか、少し文体にクセがありますが、読むのが苦痛になるほどではありません。すぐに慣れます。

いわゆる美少女ゲームなので、ヒロインたちとの恋愛云々は出てきます。ですが、その一方でストーリーを通して描かれているのは、久夫が自分の障害をいかに受容していくかや、周りの障害のある生徒とどのように接していけばいいかといったことです。


例えば、久夫が、人見知りな少女・華子とのやりとりの後、図書室の司書の優子さんと話すシーン。

優子
「あのね、あの子はとても臆病な子なの」
「あの子のそばではほんと気をつけないと。とってもビクビクするんだから。他の人と話すことに慣れてないんだと思うの」

久夫
「それってちょっと……変わってないですか?」

優子
「どうなんだろ……ただ、そういう子だってことじゃないかな」

優子さんの説明は、あまりピンとこない感じだ。でも考えてみると、この学校ではこういうことが当たり前なだけなのかもしれない。

ここにいる連中ってのはみんな、それぞれに問題を抱えていて、そうでなければそもそもこんなところにいたりはしないんだ。

久夫
「でも、そういう人たちにどうやって接したらいいんですか? 無理して必要以上に気軽にふるまうってのも、嘘くさいだけだし」
「まるで、リビングに象がいるのに、無視しなきゃならないみたいな感じですよ」

優子さんはそわそわして、なにか言いたげなのをこらえているようだ。

優子
「象だと思うから象に見えるだけなんじゃないかな」

また、次の日の放課後、久夫が担任の武藤先生と話すシーン。

久夫
「人とのつきあい方がわからないんです。じゃなくて、他の生徒との」
「話とかは普通にするから、別に孤立してるってわけじゃないんですけど」
「障害のこと……どう考えればいいのかわからないんです。注目するのは失礼な気がするし、無視するのも変だし」
「あっちを立てれば、こっちが立たず、ですよ」

先生はとても鈍そうに、ぼんやりと頬をかく。

武藤
「そういうことはお前が問題だと思えば、そうなるんだ」
「相手が盲目だろうが何だろうが、お前は誰とだって普通に話せるだろう」
「見た目の裏にあるものを見てみるんだ。ここには、ぱっと見の印象がどうであれ、普通でない生徒など一人もいないんだ」

優子さんと同じようなことを言う。

先生や優子さんが正しいのはわかるけど、でも難しい。たとえば、静音とはミーシャを通じてしか会話できないのに、あいつの聾のことを考えずにいる、なんてことができるわけないじゃないか。

美少女ゲームという体裁を借りながら、障害とは何か、普通とは何かを問う意欲作になっています。
障害者を題材にしたドラマなどを見たときに感じるような、奥歯に物が挟まったような感じが全くありません。ストレートな表現でありながら、読み手に考えさせる内容になっているところがすごいと思います。
残念ながら、日本人だったら、このような作品は作れなかったのではないかと思います。欧米の人たちの意識の高さを感じます。


最後に、「かたわ少女」というタイトルについて。
「かたわ」という言葉は、現在の日本では放送禁止用語になっていることは、まぎれもない事実です。しかし、元々は「知恵遅れ」などと同様、障害を婉曲的に表現した言葉でした。

このゲームとは無関係ですが、乙武洋匡さんもあるインタビューで語っています。

本質は、言葉ではなく、その人が僕に対してどういう思いを抱いて発言をしているのかということだと思うんです。
例えば、僕に対して「かたわ!」と言う人がいたとすると、それは「不謹慎だ!」と言われたりするかもしれない。でも、僕のことを大事に思ってくれている友人が、「こいつ”かたわ”だからさ〜(笑)」と言ってもそれは失礼ではないと思うし、僕も傷つかない。それが「乙武さんは、そんな体なのに頑張っていらっしゃって……」と、きれいな言葉で言っていても、実は障害者である僕のことを見下して言っていたとしたら、そっちの方が失礼だと思うんですよね。

表面的な言葉はどれだけでも取り繕えますが、根底にある「思い」はすぐにわかってしまうものです。
逆に、たとえ「かたわ少女」という「差別的」なタイトルがついていても、それは作品の質を表すものではありません。
安易な言葉狩りよりも、物事の本質を見るようにしたいものです。

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