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入院生活15日目

さあ、今日で入院最終日。診断結果と心理検査の結果のフィードバックを受けました。
入院してから、家にいる時よりもよく眠れる日が続いていたのですが、昨晩は3時に中途覚醒、6時に早朝覚醒という感じでした。自分では、至って平常運転のつもりだったんですけどねえ。

昨日までの主治医の先生や心理士さんとの話、先週の院長先生の診察を通して、自分は典型的なアスペルガーではない、ということは感づいていました。というよりも、今回の検査入院をする前からわかっていたのかもしれません。それは端的に言えば、私には「こだわり」と呼べるものが少ない、といったことからです。
だから、今日の診断結果のフィードバックで、主治医の先生に「アスペルガーの傾向を持っていることは確かだけど、デイケアに来ている人たちなどと比べると、そこまで障害があるとはいえない」と言われても、自分としては予想通りでした。

逆に、そのあと先生が「あえて病名をつけるとすればPDD-NOSということになるけど…」と言い出したのが意外でした。むしろ、私のほうから、自分にPDD-NOS(特定不能の広汎性発達障害)の可能性はないのかどうか、聞こうと思っていたからです。
ただ、PDD-NOSと診断するのは、その人にとって大きくメリットがある場合に限っているとのことでした。例えば、うつ病などの他の診断名がつかず自立支援医療が使えない場合、就労できない状態でデイケアを利用したい場合、障害者枠で求職したい場合、など。障害があると公認することで、本人がそれに安住してしまったり、すべてを障害のせいにして被害意識が強くなったりする場合もあるので、医師としては慎重に診断を出しているとのことです。
私の場合は、不十分ながらも仕事ができていて、これまでも大きな間隔が空くことなく働き続けられているので、今の段階では診断をつけない方がいいだろうと言われました。

あとは、発達障害的な話からは外れるのですが、自分の気持ちを伝えるのが苦手で、ストレスを溜め込みがちになり、そのストレスを発散するのも苦手なので、何かそれを「逃がしていく」ような方法をということで、傾聴型のカウンセリングを勧められたりもしました。これは心理士さんが言っていたのですが、私の場合、物事を論理的に考えがちなので認知行動療法は得意だと思うが、より効果がありそうなのは傾聴型ではないかとのことでした。

私、自分の気持ちや感情を表現しようにも、その気持ちや感情自体が自分でわからないことがけっこうあるんですよね。気持ちや感情を、無意識のうちに抑圧しちゃってるみたいです。論理的に考えることで一見解決しているようだけど、気持ちや感情の部分は置き去りにしたままだから、なんかモヤモヤが残っちゃう。そのモヤモヤが知らないうちに溜まっていくから、何の予兆も感じないまま調子を崩したりするのではないか、とのことでした。
たぶん長年にわたって染み付いたクセで、しかも無意識化しちゃってるものなので、それを意識化するというのはなかなか難しいことです。例えば、身に覚えもない言いがかりをつけられるような場面にあうと、私は怒ることなく、むしろ醒めてしまうんです。でも、醒めてしまう自分、を当然のものでなく、ちょっと考えてみる。ここから始めてみようかと思います。

そんな感じで2時間ほど話をした後、昼ごはんを食べて、退院しました。
いまは帰りの高速バスの中、ときどき夕景を眺めながら、この文章を書いてます。

今回の検査入院を通して、私は自分のありのままを思う存分さらけ出すことができ、それに対して惜しみないフィードバックをもらえたと感じています。今は、すがすがしい気分で満ちています。
また、デイケアでは「自分と同じような考え方をする人がいるんだ」という実感を得ることができました。自己不全感や集団からの圧迫感というのは、医学的・心理学的に見れば、必ずしも発達障害の特徴とはいえないのかもしれません。でも、今までどこでも感じられなかった「同感」を、私はここで確かに感じることができました。その感覚は、自分の中で大きなものとして残り続けると思います。

単に診断結果だけでなく、とても多くのものが得られた2週間でした。1日1日はあっという間に過ぎていきましたが、振り返ってみると密度の濃い日々でした。金銭面や日数の面では厳しいものがありましたし、あまり人にお勧めできる方法ではないのですが、でも、入院して本当によかったと心から感じています。

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